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2014年06月26日 (木) | Edit |
江ノ電を降りて、江の島へ向かう商店街を、ひとり歩く 。

60歳前後の楽しい女性を見付けた。 店先に立ち、呼び込みをやっている。 時代遅れの
めし屋さんの雰囲気。 だが、彼女の口上は一芸に達している。 (頭の隅で、その無表情を
訝しみはしたが。) 店内に案内され腰を下ろすと、ご亭主が傍に、そして小声で女将に呟き
外に追い出すしぐさ。 (つめたい! マッタ!)
「あのね、私がこのお店を選んだのは、女将さんの年季の入った口上や、感じる人柄に
魅かれてですよ 」 。
ご亭主は、昔話を始める。 彼女がどんなに近所でも評判の賢い女性だったか、小学生の子供
まで慕って来てくれていたこと等など。 60歳過ぎた頃から、衰えが見えだした事への戸惑い。
父親のこと、母親のことへと話は遷り、思いは尽きぬようだった。
干支は何かと訊くので、「昭和8年の酉、81歳」と答えた。 「私より一回り上だ!!」・・・・・
お店をいとまする時、「気を付けて帰って下さいよ。電車に乗り間違えないように、周りの人に
よく訊いて乗るんですよ」と、心配した。

外に出ると、女将が抱きつかんばかりに寄って来た。 その両手を私の両手に包み 「よく頑張って
いるね」と握りしめた。 目に涙をため、「今日は、元気をもらいました、ありがとうございます」 だった。
外から度々、店内を気遣い窺がってるのは気付いていた。
小柄な愛おしい女性だった。

        土打てば乳房ゆれるを哀しめり          ほつ枝          



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2014年06月22日 (日) | Edit |
すると、道が目の前に!

帰・今治の為、 JR 鎌倉駅から乗車。 [浜松町・20時10分発の夜行バス利用]
品川駅での乗り換えがある。 ラッシュの時間帯に入って来た。
「間もなく、品川~~」のアナンス。 早々に私の行動を周囲の方たちに知って
置いて頂きたく、座席を立ちドア近くに移動、手すりを握る。 たまたま右側。
ところが、「おりぐちは、左がわ~~」と申される! 振り向けば、そこは、最早…
人様の(おつむ)で埋まっていた。 ドアが開いたとたん、思はず大声を
「降ります! 降ろさせて下さい!!」 でした。

皆さん方、さっと左右にさがり開けて下さったのです。
その真中を、申し訳なくて有難くて、「ありがとう!ありがとう!」と
下ろさせて頂きました。

  撃ちてし止まん地下への階を雪崩れ落つ         ほつ枝
  東京よ夕日の中の墓碑群よ

3・40年前かなあ・・・ よく上京していた頃。
  
   中年の背中を走る終電車         作者名を忘れる


 
2014年06月17日 (火) | Edit |
その道のプロだな~と、感じ入りもし,感謝の思いで一杯になりました。
『鎌倉観光案内所』。 到着後、先ずは宿泊先の確保と、窓口に立つ。
女のひとり旅である事を告げ、諸々の希望(好み?)を、述べたてる私。
辛抱強く訊きとって下さり、そして、沢山の資料の中から選ばれたのが
上記、ホテルでした。

築八十年にも及ぶ、このホテルは戦前 「山縣ホテル」 という名で鎌倉でも
有数のホテルとして営業されていました。
大正十ニ年、当時文壇の花形であった芥川龍之介と、すでに歌人としての
地位を得ていた岡本かの子が運命的な出会いを果たした場所であり、格調
高いホテルである。
人生再発見の目的で単身でこの地を訪れた人や熟年の夫婦、さらにロマンティック
な情報に敏感な若い女性グループまでもが、時代を超越したそのハイカラな佇まい
と建物自体が放つ、まぎれもない「本物のオーラ」にふーっと吸い込まれていく。
場所 鎌倉駅西   ホームから見える、ニ階建。 資料より。
東京方面の常宿に決めます。
2014年06月04日 (水) | Edit |
旅支度をしている。 
普段は使わない,腕時計を取り出すと、止まっていた。 電池切れと思い時計屋さんに持っていくと、
そう簡単なことではなかった。
2ヶ月ぐらい預からせて欲しいと言われ、修理代金も1万2・3千円になります、とのこと。
何をどう云われようと、聞き入れる他はない。50年近く前、「K」から贈られた腕時計である。

取りあえず此の旅には、「K」の遺した時計を持って行こうと掌に載せた。
逝ってから1年と45日、私のてのひらで変わりなく、今も時を刻む・・・・・