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2014年12月28日 (日) | Edit |
ホテルにチェックインしたのは,午後4時過ぎ。  6時/ 食事にと外出。
12月の短日である。 既に街はどっぷりと闇の中。 それでいて、何が
そんなに寂しくて,はしゃいでいるの?と問いたくなる  ”街の灯”。

夜の街は、ホテルに着いた時間と、全く別の貌を見せ、 迷い子になった。
その時、此方へ歩いて来る一人の青年。   幸いと思う。
新横浜駅への道をと訊ねる、(駅・ホテル間は5・6分だったから)。
携帯で位置取りをしていらしたが、「僕も駅へ行きます。御一緒しましょう」と、
申し出て頂く。 私の年齢に気付かれたのだろう。 (ひとりでは無理と)

話しながら歩いた・・・年齢のこと・ ひとり旅であること・ 愛媛であること、
愛媛と言ったら、「ああ~、みかんの美味しい処ですね、 それだけしか
知らないのですが」 と、小さく言う。 (いいえ、それだけで嬉しいですよ)。
いろいろ話しながら猶も歩く中で、一つの話題を,彼が 「素晴らしいです!」と、
立ち止り向き合って言って下さった。

駅前に出た。
 「じゃあ此処でお別れね; どうもありがとう 本当にありがとう」と、別れた。
彼は駅の方へ、私はホテルへ向かう陸橋を・・・だった筈。 ひとりでは、モタ
モタ、時間を取られはしたが、何とか,ホテルの傍の階段を降りる事が出来た。
驚いた。 そして、嬉しかった。 彼が立っていた。 笑顔での出迎えかな・・・
 
 互いに
さよならを もう一度; と、  「 いい思い出を沢山残す旅を! 」 の言葉。


    駅で別れた後で気付かれたとのこと、ホテル周辺は工事中(特に夜間)。
    横断歩道も渡れなくなることを・・・・心配して下さり、見とどけに〟〟〟
   
    






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2014年12月21日 (日) | Edit |
母を想う・・・22歳の母、四国の片田舎から東京へ。 指を折ると
東京駅はまだ、開業から13年程だったと言うことになる。
母は、その時の話を何度もなんども繰り返し、幼かった日の私へ、
そして、16・7歳になった私へと話つづけた。

日本で最初に設立された洋裁学校へ、入学の為の上京だった。
東京駅に降り立つと夜中。 右も左も知らない東京で、学校の住所の
書かれた紙片を握り、呆然としていたのを、青年に声をかけて頂き
夜が明けるまで一緒に待って下さったという。 車夫をしながらの学生。

  馬喰町錦糸町とやしぐれて行く         ほつ枝

母から聞かされた町名〟青年と夜明けを待った町 ”馬喰町”
行きずりの旅の電車の窓から見た、何故かとても懐かしい駅・・・

[東京駅] 14・5年?/ ご無沙汰〟〟〟行かなくっちゃ   嗚呼・・・・・





2014年12月17日 (水) | Edit |
絵の中に描かれた、ひとりのお婆さん、ふじ棚の下の
ベンチに腰かけて、落ち葉の歌に耳を傾けているのか

それは、わたくし・・・・・もう何刻を経ただろうか

やおら立ち上がり、もう一度辺りを見まわす
森のはずれに立つ掲示板を見付けた。
 [いのししが出たと云う情報があります。危険ですから気を
 付けて下さい。]

摩訶不思議な憶いを、今も残している。
崖下には、オシャレでお菓子のような家が建ち並ぶが、人様の
気配は全く感じられない集落。   

一軒のお家に足を止めた。 軒下高くまで薪を積み上げていて
「ああ、冬が来る」 と、私に呟かせた 優しいお家もありました。

バス停へ足を速める。 だって、いのししさんにお会いするのは
ご免被りたいですものねっ。

残念なりは、(オギノパン)さんの 丹沢あげぱんさんに、とうとう
お目にかかれずだったこと。 目的は、丹沢あんぱんさんでした。

明日は、宮ヶ瀬湖へ(土山峠)を経て・・・・・

 


2014年12月14日 (日) | Edit |
(森の土産)/ 「オギノパン」さん=丹沢あんぱん=に、一目お目に
懸かりたいと思うのであった。
本厚木駅のバスターミナル、目玉ウロウロ。 らしいバスを探す。
[七沢森林公園]行きのバス! これだっと乗り込んだ。 たぶん
終点の公園にあるんだろうと。 ところが、のんびり窓からの眺めを
たのしんでいる私の前を、突然走り過ぎる幟! 「オギノパン」=
「丹沢あんぱん」=の二本・・・呆気にとられている間も、バスは走る。
(まあいいや、帰りに近くのバス停で降りよう)だった。

森林公園/素晴らしかった。 不思議な雰囲気を醸す(アニメの様)。
森の中に住宅群があるのか? 住宅群の中に森があるのか?だ。
歩く程に、少しづつ登り・・・標識: [森のアトリエ] の↑に出遭う。
一段と高く森の中へ登り行く感じ: ちょっと心細いが「アトリエ」という
からには、絵画館のような建築物が上にあるんだろうなと、登る。
公園だった! 此処が七沢森林公園なんだ; [森のアトリエ]!!
樹木の配置 ふじ棚の支柱の美(ギリシャを思う)。
園の真ん中に立ち、空を仰ぐと青空は、綺麗な円を描く。
確かに、アトリエである。 木々の一本・一本で、石の一つ・一つで、
描いていったのだ。

       落ち葉踏むけものの音がとても好き      明子
 
                      好きな句である〟   

   



2014年12月14日 (日) | Edit |
 西郷の「もうここでよか」心にくし明日生きんこと敗走に似る
                             長尾 幹也

今朝の、朝日新聞・歌壇の入選歌。   馬場あき子選である。
[評] 第一首の西郷の言葉は重いが、今日生きるサラリーマンの
敗走感の中で反芻されているかと思うと、きびしさが沁みる。

月曜日には、歌壇にお名前を探す私であると書いた。


そして、先週。
 わが部屋と子の部屋の距離それ以上はなれちまった心と心
                              長尾 幹也

続き、今日の朝日歌壇。  共に馬場あき子選
 
 妻も子もおらぬ休日あの町の学生下宿にたましい戻る
                             長尾 幹也

[評] 投稿歴も長い作者で豊富な人生経験者だ。 ある日の
休日の思いがにじむ。


 
 
2014年12月13日 (土) | Edit |
11月中旬から、2月初めまで / 翠たちは、ヨーロッパ・ツアーに・・・
フランス・ ドイツ・ オーストリア・ スイス・ ベルギー・ オランダ・ と
周る。   75日間で、63公演。 と、知らされていた 。

今日、 D.V.D.(舞台)と、旅先( パリ・スイス・オーストリア )での
現地写真が届いた・・・ 行程の半分を終えたか・・・・・
バスでの移動〟〟 ハードな日々である。  ケガのないことをと祈り
楽しい舞台をと願う⋆⋆⋆⋆⋆

2014年12月12日 (金) | Edit |
(長崎気分)  忽ち乗ってしまいました私。

町田市金井・ (玉川学園・鶴川駅)、1.276 とメモっている。
先ず町田駅に下りたが、とても長崎気分にはなれそうにはない。
鶴川駅に出た。 これぞ坂の町だった。 行く程に、いい情感あり。
オドロイタのは、途中で3度,人様にお店への道程を尋ねたが、
皆様、直ちに、「オランダ坂・コーヒー邸」に応えて下さることだった。
有名なお店なんだ、 こんなリュックを背にでいいのかしらと心配。
⋆佳いお店だった⋆、優しい気配りもして下さった。 お隣の席の
2歳ほどの男の子とも仲好になる。 (子供,大好き)

お店を辞して、美しい銀杏並木の道を揺らりゆらゆら帰途に・・・
「あっ! この川っ見覚えがあるよ!」ブログで拝見したっけ。
「金井町内会」 (木倉川 歴史を残す)と掲示されている。 小さな
川なの私に強い印象を残した川だ〟会えてたのしいネ。しばし佇つ。
再び歩き、「つるみがわ しもかわどはし」(下川戸橋)を渡る。
台風の時、滔々と水の流れていたあの川かなあと・・・
そして、鶴見川? 海へ出る?・・・あれ,これ思い見知らぬ街の楽しき。

玉川学園: 素敵だった。  長崎のオランダ坂の途中に観た、由緒
ある女学院を憶う。

登戸駅の陸橋?から、多摩川方から昇る十五夜お月さま・・・・・

                                  つづく





2014年12月12日 (金) | Edit |
アダモの歌が耳に届く・・・・・ 
「サントアーマミー」。 「雪が降る」。 「海のマリー」? 

(波間に消えた彼女を待ち続けるのも 君の虜になったのも 
これがボクの人生・・・) 31才の彼が歌う〟〟〟

岸 洋子・・・
「恋ごころ」。 「愛の讃歌」。 そして、「希望」!

(希望という名のあなたを尋ねて 寒い夜更けに また
汽車に乗る 悲しみだけが私の道連れ・・・・・
そうよ  あなたに遭うために 私の旅はまたはじまる
明日は どんなまちに着くだろう・・・・・)

午前2時~4時。 アダモが11曲: 岸 洋子が10曲。
あ~あっ  残念・無念! 録音をしていずだ。

”K〟が遺した、沢山のテープ。 整理して気が付いた。
暇にあかし(ベットの上で)、私の為に録り続け溜めた数々。
「本当に、あんたは難しい女だよ・・・」と、苦笑いしていたっけ。
共に暮らした歳月。 選び遺された歌にキュンとなっている。