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2018年01月31日 (水) | Edit |
   
   窓を開ければ 港がみえる

   メリケン波止場の 灯がみえる

   夜かぜ汐かぜ 恋かぜ載せて 

   今日の出船は どこへ行く

   咽ぶこころよ はかない恋よ

   歌うブルースの せつなさよ


 淡谷のり子特集のテレビ番組から・・・・・
 昔むかし、よく歌いました。 

 
 今夜は、皆既月蝕・・・・・





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2018年01月22日 (月) | Edit |
  旅に出よう・・・

 お気に入りのお店で、お気に入りの
  パンを買います

  そして
 山に向かい、海にむかいして
  お口いっぱいに頬張り食べます

 きっと元気になれると思うから

             旅に出よう・・・・・





2018年01月17日 (水) | Edit |
         作詞:石原信一   作曲:堀内孝雄 

  学生街の坂道で  偶然きみに逢うなんて
  白髪の混じる齢なのに  ときめく胸がよみがえる

  何を話せばいいんだろう  あの頃のきみがそこにいる
  変わりゆくこの街かどに  色あせぬ青春がある

        きみを傷つけた ことがあったから
        今が幸せと 聞いてよかった・・・

        聖橋から 眺める夕陽  
        川がまぶしく 時はたたずむ
        戻らない 想い出に 恋をする

  家路を急ぐ日暮れ時  きみにも帰る家がある
  ためらいがちな微笑みを  交わせば風がさらっていく

        わずか5分でも  心熱くした
        ここで見送ろう  人にまぎれて・・・

      聖橋から  眺める夕陽
      響く線路に   時が流れる

       戻らない 遠き日の   恋が行く








2018年01月14日 (日) | Edit |
「お参りを兼ねて人でいっぱい
 賑やかでよろしい」

言葉と共にの写真を拝見しては、ほんにと思いながら
一歩を踏み出せない・・・・・

 私が小学5年生の時、父は出征。
その時、私の頭を撫でながら残した言葉・・・
 「これからは、おまえが家の柱だぞ。頼むぞ。」
だった。

 母は、全く世間知らずの夢見るひと・・・と
弟 三人:妹 一人を託したのです。

 戦災、疎開、戦後の混乱期を生き延びました。

財産は、父の蔵書だったと思う。 乱読ながら
手に余る重い重い本を何時も手にしていました。

 それが何故、 賑やかでよろしいに繋がらない
のかと思うのですが、読書は独りで耽っていた
からでしょう。 身についてしまった孤独癖・・・・・





2018年01月09日 (火) | Edit |
  青春やみずきの下を通うかぜ
    あるいは線路の遠きかがやき     春日井  健

先日、古い文箱を見付けて以来、あれこれ取り出し読み返している。

  光る海あり 翼をためしたし         外山  あきら


「あなたは、ふつうの人とは違うものをもっておられます。別に奇人では
ないんですけど。 ですから、あなたの川柳はたのしい。
                            天根 夢草

 あなた、いい川柳ができるんですね。それなのに、「火の木集」には
示して下さらない。 私わかりません。

   
    人の世や電話ぼっくす灯りてある         ほつ枝

この句は、すでに現世には通用しない。 「痛切感なし」


  日に三度鍋を焦がして生きている      よみびとしらず 

若かった。 何っ この句。 あほらしい事をと、一瞥に終えた。
今、人の老い行くせつなさ、生きるということの立ち姿をみる。

  日に三度鍋を焦がして生きて行く私です。


 自転車もろとも転んだ。 「大丈夫ですかっ」と若者が駆け寄り
助け起こしてくれました。  情けないねえ・・・


 キャリーバッグにてこづっていると、手助けしてくださったアメリカ男性。
下車されるさいに、残る私の前に立たれ 「いい旅を」の言葉をも下さった。

 生きて行く・老いて行く・そして独り旅を・・山茶花の散り敷く・・・






2018年01月04日 (木) | Edit |
原点の場所
              
            寺田  翠  「バレエダンサー」
                    
 私は豊中市で生まれ、この街で育ちました。
ロシアにバレエ留学するまでの16年間、家から自転車で
通える距離にある 田中バレエアートという教室で
クラシックバレエを習っていました。
バレエ教室は岡町・桜塚の商店街の近くにあり、一日中
お稽古をするときには、商店街でご飯をたべたこともある
思い出の場所です。

 今、私はロシアでプロのバレエダンサーになり、日本へ帰国
するのは1年に1回、夏休みの時期だけ。  帰ってくると
指導してくださった先生に会うため、一度はバレエ教室を
訪れるのですが、この岡町・桜塚の商店街を通ると
 「あー日本に帰ってきたんだなー」と 心からほっとします。
毎年変わらないこの商店街の姿を見ていると、うれしい気持ちと
懐かしい気持ちでいっぱいになります。

私がバレエ教室へ行くときに、いつも通った公園。
小さな子たちが元気に遊んでいたり、大人達はゲートボールを
していたりしました。  その周りは木々が溢れていて、夏は
太陽の光に反射して緑が耀き、秋は紅葉、春は美しい桜で
ピンク一色に染まっていました。   私はその中をいつも通って
バレエのお稽古をしに行っていました。 特に春の季節はよく覚えて
います。
 家からバレエ教室へ通うまでの間、桜の並木道がずっと続いていて
それはそれは、美しいものでした。 私はその景色がいまでも恋しく
美しい思い出になっています。
                           後略

 
七年ぶりの 日本のお正月をでしたが・・・・・市の広報誌へエッセイ。
 彼女が桜の下に佇める日を想う・・・・・
                              ほつ枝